ハロー、マイセクレタリー!
一年前、大木奏は私の夫になった。
幼馴染みから恋人を通り越して、一気に婚約者になり、半年後には夫婦になった二人。
交際0日で結婚を決めた私たちを、不思議なことに誰も心配する人はいなかった。
「ベッドの中では、もっと恥ずかしいこといっぱいしてるのに?」
赤面したまま、沈黙している私に、奏は尚もからかうように問い掛ける。
そして、私はますます茹で蛸のようにまっ赤になった。
夫婦になってから、当然のようにキスを交わすようになり、セックスだってするようになったというのに、彼に触れられると無条件でドキドキしてしまう自分がいる。
「やっと、高校生くらいには成長したかな」
訳の分からないことを呟きながら、奏はドライヤーを片付けている。私をからかっているうちに、髪を乾かし終えたようだ。
「でも、時間があんまりないんだ。悪いけど結依子のペースに合わせられるのもここまでだよ」
恥ずかしくてお礼も言わずに黙りこくっていた私に、奏は頭上から優しく話し掛ける。まるで、お茶でも飲まない?と言うときのような軽いトーンで。
「そろそろ、母親になる気はない?」
一瞬、聞き間違いかと思って、慌てて顔を上げる。その反応を待っていたかのように、奏はいつものように冷静に、淡々と説明を始める。
「県会議員の任期は四年。このまま議会を途中解散するような特段の事情がなければ、次の選挙は二年後の春の統一地方選になる」
二年前、県会議員選挙で初当選を果たした私は、二期目を務めるために次の選挙にも出馬するつもりでいた。
「産休は取得可能だけど、できれば選挙期間中の妊娠、出産は避けたい。いくらなんでも本人不在で選挙って訳にはいかないからね」
国会だけでなく、地方議会でも多くの女性議員が活躍している時代だ。長年遅れていると言われてきたものの、それなりに条例や制度の整備も進んで、昔と比べれば産休などは取りやすくなってきている。しかし、選挙期間中となれば話は別だ。県民に自分の政策を訴えねばならぬ時に休んでいては、話にならない。
「つまりは、諸々のことを考えると、子どもを授かるタイミングとしては今から半年くらいがベストなんだよ」
奏の話の意図は理解した。
それでも、突然の話で感情は追いつかない。