プロポーズはサプライズで
でも八重は他の女と違う。
とにかく自分の時間第一主義で、夢中なものがあれば俺になど見向きもしない。
俺が押さなければ発展しない恋愛など初めてで、気が付けば八重のことばかり考えるようになってしまった。
男女交際経験がないとか言っておきながら、男をこんなに焦らせるテクニックはどこで習得したものやら。
書類チェックを終え、まだ残ると言っている部下に指示を出し、会社を出る。
木通と書かれた看板を確認し、中に入ると、カウンターにいた三笠くんが俺に手を振った。
「ナイスタイミング。俺今入ったばっかり。アケビって漢字でこんなふうに書くんですね。知らないから迷っちゃったよ」
「ああ。……そっか。悪かったな」
結構出入りするから当たり前のように思っていたが、確かに木通=アケビと読むのは難しいかもしれない。
ここはちょっと値段設定が高めで、いわゆる口の軽いミーハーなやつらは来ない。有名人相手と思って静かな店を選んだつもりだったが、説明が足りなかったな。
俺たちはカウンターからテーブルに席を移し、ついでにつまめる物も追加する。互いにビールを頼んで乾杯した。
「で、話って?」
「うん。あのプロポーズのことなんだけどね」
三笠くんが彼女にしたいという再プロポーズ。
それの段取りを八重に任せた。
彼女のプランはあまりにもベタではあったが、三笠くんも納得していたようなのでまあいいかと思っていたのだが。
「その日、俺、川野を騙すから」
「は?」
意味が分からず、彼を見つめる。
飄々とした態度に見えるが、何か裏があるのか?
三笠くんは役者だけあってポーカーフェイスが上手だ。本心からそう言っているのかよくわからない。あれだけ親身になっている八重を騙すというのは聞き捨てならないんだが。