世界はまだ君を知らない
な、なんてやつ……!
彼女とでは腰の位置も全然違うけれど、混雑した車内で人と人の間から手を伸ばしているうちに、よくわからなくなっているのだろう。
どうしよう、捕まえたほうがいいよね。
触っている相手が私だと気付けば、この男は彼女を触るだろうし……同じ思いをするのは彼女が可哀想だ。
けど、ねっとりとした手つきで太ももからお尻を撫で回す、生暖かいその手が気持ち悪い。
手が震えて、怖くて声が出なくて……捕まえるなんてできない。
その時だった。
「なにしてるんだよ」
低い声とともに突然お尻から手は離れ、私の頭上にその腕は持ち上げられた。
何事かと一斉に周囲の視線が集まる中、私も同様にその手を掴む姿を見れば、そこにいたのは背の高いメガネ姿の男性だった。
左で分けた黒髪に、細い銀縁フレームのメガネをかけた彼は、私より15センチ近く大きいだろうか。
背、高い……。
一瞬視線を奪われるものの、ちょうど駅に停まった電車から中年男性を連れ降りる彼に、はっと我に返り私も一緒に電車を降りた。
「な、なんだよ!いきなり!」
声を荒げ掴まれた腕を振り払う男性に、彼は冷静に、眼鏡の奥の冷ややかな二重の目を向ける。