世界はまだ君を知らない
「とぼけるなよ。今、痴漢してただろ。彼女のこと」
「は、はぁ!?俺はあのかわいい子を……はっ!」
自分が痴漢をしていたことを認める発言をした男性は、墓穴を掘ったことを気づいて慌てて口をつぐむ。
やっぱり……。
軽蔑する目で見る私に、男性は自分が勘違いをして触れていたのだということに気づくと、どう言い訳をしようかとこちらを見る。
私の見た目は彼が言い訳をするのにはちょうどよかったのだろう。一瞬見せた焦りもなかったことにするかのように、男性は鼻で笑った。
「そ、そんなわけあるか!誰がこんな男みたいな奴のケツなんて触るかよ!!」
「なっ……!」
……そうかもしれない。けど、なんで痴漢をされて、こんな言われ方をしなきゃいけないの。
込み上げる腹立たしい気持ちに、だけどそれをどう言っていいかがわからず、言葉が詰まってしまう。
するとその瞬間、彼の拳がガン!!と男性のすぐ近くの看板を思い切り殴りつけた。
「……痴漢なんて卑劣な行為で人を傷つけておいて、言いたいことはそれだけか?」
見上げれば、彼の目は冷たく男性を見る。
その顔は笑みも怒りも見えない無表情だけれど、響く低い声に怒りが含まれていることが感じ取れた。
それは男性も同様に感じたようで、一瞬にして『まずい』と血の気の引いた顔をしてみせる。