世界はまだ君を知らない
その日の夜、仕事を終えた私は19時すぎの新宿駅前を歩いていた。
フラットシューズの足元で人混みをよけながら、頭に思い浮かべるのは仁科さんのことばかり。
思えば、彼は最初から私を女性として見てくれていた。
『綺麗で、惹かれた』
そんな心を抱いてくれる、彼の言葉はまっすぐに誠実に伝わってくるんだ。
嬉しい、くすぐったい
その気持ちはいつしか、そばにいたいとか、愛しいとか、もっと特別なものに変わっていくことを感じている。
「あれ……翠?」
ひとり緩みそうになる頬を、堪えるように押さえていると不意に呼ばれた名前。
その声に振り向くと、そこにはスーツを着た若い男性……元カレである彼、健吾が人混みの中立ってこちらを見ていた。
少し驚いた顔で私を見る彼は、黒い髪に黒いスーツという格好以外はあの頃と変わらない見た目をしており、目に入った瞬間すぐ気付いた。
「健、吾……?」
「うわ、久しぶりじゃん!相変わらず背でかいな、すぐわかったよ」
懐かしむように笑いながら近づく彼に、驚きと戸惑いに上手く言葉が出てこない。
すると、彼の隣を歩いていた数名のサラリーマンたちもその連れだったようで、私に目を留める。