世界はまだ君を知らない
「……ありがとう、ございます」
いつもなら、『大丈夫です』と多少無理をして断ってしまうかもしれない。
甘えてはいけないと、その親切心から逃げてしまうだろう。
だけど今は、自然と甘えるようにうなずける。
それほどまでに怖かったから。加えて彼の声には、そう甘えさせる力があるように感じられたから。
ペットボトルからじんわりと伝うあたたかさは、無愛想な彼の心のあたたかさを表すかのようにも思えた。
……優しい、人。
心から、そう思える。
それから、メガネの彼は本当に私が落ち着くまでそばにいてくれた。
駅のホームのベンチに座る、私の隣に座って、暇そうにスマートフォンをいじるわけでもなく、眠たそうにあくびをするわけでもなく。
ただ隣に座って、『今日も寒いですね』とか、ぽつりぽつりと私が振った話題にひと言ふた言答えてくれた。
ようやく落ち着いて、『あの、お礼を』と切り出した私にも、彼はいたって冷静なまま。
『いや、いい。気をつけて帰るように』
それだけを言って、改札の方へと向かって行ってしまった。
……名前ひとつ、知ることもできなかった。
次、いつまた会えるのかはわからない。
そもそも会えるのか、それすらもわからないし、その時には彼は私のことなんて忘れてしまっているかもしれない。
だけど、ううん、だからこそ。
また会えたら、運命だと思ったんだ。