世界はまだ君を知らない
「そうだな、俺はお前のことを知らない。だからこそ、思ったことを言うまでだ」
そして触れるのは、うなじにかかる短い毛先。
「髪も、長いほうがきっと似合う」
それは、先ほどの会話を指しているのだろう。
『女の子みたいに髪の毛伸ばしたら千川さんじゃないじゃないですかぁ』
周囲はそう言って笑うのに。彼だけは、真面目な顔でそんなことを言う。
睨む私にも、まっすぐに向き合って。
言葉を詰まらせていると、コツコツと近づいてくる革靴の音が聞こえた。
その音に仁科さんから少し距離を取ると、ほどなくして藤井さんが姿を現した。
「あ、仁科さんここにいたんですか。本社から電話来てますよー」
「あぁ、今行く。藤井、お前代わりにここで千川を手伝ってやってくれ」
倉庫を後にする仁科さんに、藤井さんは「はーい」と入れ替わるように梱包作業を始めた。
……なに、あれ。
髪が長いほうが似合うと思う、なんて。なにを根拠に言うんだか。
似合わない、似合わないってば。なにも知らないくせに、一方的なことばかり。
でも、その言葉が少し嬉しいと思ったり、触れられた髪にちょっとドキドキしてしまうなんて。
胸の奥が、くすぐったい。