世界はまだ君を知らない
「へ?仁科さん?」
なぜ彼に腕を掴まれたのかがわからない藤井さんは、不思議そうに首を傾げる。
私も驚き目を丸くしていると、仁科さんはテーブルの上の空き瓶を藤井さんの手に握らせた。
「ちょうどいい。藤井、手が空いてるならこれを持って行って新しいのを頼んできてくれ」
「へ?それなら呼び出しボタンで店員呼んで……」
「持っていけ」
藤井さんは一度渋ったが、表情を変えないまま強い口調で言う仁科さんに逆らわないほうがいいと感じたのだろう。「ハイ」と返事をして、部屋を出る。
彼が退いたことで空いた私の左隣に、仁科さんは自然な動きで席を移動させ座った。
あれ……もしかして今、庇ってくれた?
その上また同じことにならないように、私の隣に来てくれたのだろうか。
……いい人、なのかな。
また、助けてくれた。私の心を、読むように。
それでいて黙って、隣にいてくれる。
あの日も、そうだった。
そんな彼にだから、私はとても安心したんだ。
ほんの少し触れる肩と、その優しさが、胸の奥をあたたかくする。