世界はまだ君を知らない
「えっ、仁科さん!幡ヶ谷過ぎちゃいましたよ!?」
「あぁ。そうだな」
「って、いいんですか!?」
焦って問いかけるものの、仁科さんは至って冷静なまま過ぎていく幡ヶ谷駅を見つめる。
「俺は幡ヶ谷だけど、千川の家は確か桜上水だっただろ」
「え?あ……はい。どうして知ってるんですか?」
「社員データに載ってた」
社員データもきちんとチェックして、しかも覚えているんだ……。やっぱりしっかりしてるんだなぁ。
って、それでどうして幡ヶ谷を通り過ぎたのだろうと、まだいまいち理解ができずキョトンと首を傾げた。
そんな私に、『察してほしい』と言いたげに、少し呆れたような目でこちらを見る。
「この時間だ、家まで送る」
「へ?」
家まで、送るって……え!?
「いっいえ、大丈夫です!駅から近いですし、そんなわざわざ……」
「この時間帯は酔っ払いも多いし、この前のようなことがないとも言い切れない。女性のひとり歩きは感心しない」
「けど、」
そんなわざわざ送ってもらうなんて……申し訳ない気持ちから、すぐには頷けず渋ってしまう。
それに『女性』なんて、そう扱われることにも慣れていないこの心は戸惑うばかりだ。