世界はまだ君を知らない
「ちょっと……離してください!」
「そんな嫌がらずに話聞いてよ。ね。どこかふたりになれるところで……」
引っ張るおじさんの力は強く、かろうじて抵抗してもその場を動くことができない。
そんな私たちを周りの人は何事かと見るけれど、そのまま通り過ぎて行き、助けてくれる気配はない。
おじさん、しつこいなぁ……!
「もう、やだっ……」
大きな声を出した、その時。突然駆け寄ってきた姿が、肩を強く抱き寄せた。
「人の連れになにか用でも?」
え……?
見ればそれは仁科さんで、少し乱れた息から彼が小走りで駆け寄ってくれたのだと知る。
どうして、仁科さんがここに……?
驚く私の一方で、腕を掴むおじさんの手からは力が緩められた。
「えっ?つ、連れ?じゃあもしかして、女って嘘じゃなくて……」
「彼女はれっきとした女性だ。なにか用か?」
本当に男だと思い込んで疑わなかったのだろう。
冷ややかな眼差しでキッと睨まれ、おじさんはようやく信じたらしく、腕を離して謝るとその場を逃げて行った。
それを確認すると、仁科さんは、おじさんに掴まれたことでできた私のコートの袖のシワをそっと払う。