世界はまだ君を知らない
「どうぞ、これ」
誰もいない建物の中、唯一明かりがついているのはふたりきりのスタッフルーム。
そこでロッカーからスマートフォンを取り出す仁科さんに、私は給湯室で濡らしてきた自分のハンカチを差し出した。
「悪い、ありがとな」
それを受け取ると、彼はそっと頬に当てる。
「でもどうしたんですか?頬腫らせて。それにまだ梅田さんの家にいるはずじゃ……」
「なんで俺が梅田の家にいたこと知ってるんだ?」
「え!?あっ、いえっ、そうじゃなくて……えーと、」
しまった!墓穴掘った!
慌てて訂正する私に、仁科さんは意味がわからなそうにしながらも、左頬にハンカチを当てたまま会話を続ける。
「実は、今日もいつものように梅田を送って行ったら、『元カレが家に来るってメールがあって怖い』と言われてな。仕方なく家にあがったら、いきなり押し倒された」
や、やっぱり……!!
梅田さん、本当に計画通り実行したんだ……。
「……そ、それで?どうしたんですか?」
怖いけれど聞かずにはいられず、その先を問う。
「どうもこうも……梅田を退けて正直な気持ちを述べたら叩かれた」