腹黒エリートが甘くてズルいんです
「……っ、」


ふいに唇に柔らかくて温かい感触。包まれるような。


一瞬、何が起きたのか分からなかった。ぐらり、と視界が揺れたので。
ぐいっと腕を引かれたような気もしたし、自分が前のめりに転んだのかとも思った。
とにかく世界がぐらりと揺れた。

だけど。


何秒経ったのか分からないけれど、どうやら酒井君に抱き締められてキスをされている、と気付き、力任せに突き飛ばす。

背中と、腰と、唇と。
温かい感触が一気に離れていく。


「な……に、す……」


辛うじて出た言葉は、情けないくらい弱めの疑問形で。


あたしに突き飛ばされる形で、よろっと一歩後ろに下がった酒井君がそりゃもう素敵な笑顔で言う。


「キスしていいって言ってたじゃん」


「ちが……!!」


確かに、そんなやりとりがあったことを思い出す。でもそれは、あたしが上の空だということを指摘するための冗談っていう内容だったはず。
て言うか、なんで?


頭が混乱して上手く言葉にならない。

目の前にいる、穏やかに微笑むイケメンが急に知らない男の人に見えてくる。
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