大人にはなれない
本当の父さんと母さんは、俺が生まれた頃事故に遭ってふたりともいなくなったらしい。残された三姉弟(俺と由愛とあともうひとりの姉貴)を引き取ったのは、父さん方の祖父母だった。
俺や由愛は両親の記憶も残らないくらいちいさな頃だったので、俺はずっと祖父母のことを『父さん』や『母さん』だと思い込んでいたし、今もそう呼んでいる。
実は俺たちにはちいさい頃死に別れた両親がいるのだということは、父さん(本当はじいちゃんだった)が亡くなった葬儀のとき知らされた。
「なんで電気ついてないんだよ、母さんっ。とりあえずひと月分支払えば復旧するんじゃなかったのかよ?今日電気代払ってくるって言ってたのにっ」
つい責める口調になってしまったことに気付いて、すぐに言い重ねる。
「……ほんとどうした?腰、痛くて動けなかった?それで支払いに行けなかったの?」
「ごめんね、美樹。………母さんの口座、思ってたよりお金が残ってなくて……」
その言葉に、頭の中が真っ白になった。
だって母さんはヘルニアが悪化して休職中だから今月パートの収入ないし、由愛のバイト代が入るまではあと3日もあるし。だいたいその給料だって、もう前借りしてあるんじゃん。
このまましばらく、また電気のない生活が続くのか?
「おうち、まだまっくらだねっ」
何も知らない無邪気なひまりは、俺の脚にまとわりついてくる。ああ、だめだ。ひまりは何も悪くないのに、「静かにしろ」とか怒鳴りそう。
『うっせぇ』、『うっとうしい』……そんな言葉が刃になって、今か今かと俺の喉から勝手に飛び出していこうとしている。
拳を硬く握り締めて。息を吐いて。ぐっと全部を飲み込む。
苛立ちだとかかなしさだとか、やるせなさとか、みじめさとか。そういう感情は腹に沈めた途端、すべてが『諦め』に変わるんだ。