大人にはなれない
付き合ってるのにさびしいと言って俺を責めていた中村は、最後は泣きながら言ってきた。
『スマホくらい、買ってもらえばいいのに!美樹くんはあたしのことなんてどうでもいいんでしょ。LINEとかしたいっていってるあたしがうっとうしくて、ほんとは心の中でうぜぇって馬鹿にしてるんだよッ。そうなんでしょ!?』
中村の言葉を、俺は否定しなかった。
生まれたときから家の経済状況がゆるやかな下降線を描いている貧乏人の俺と、おそらく生まれたときから何不自由なく暮らしてきた金持ちの中村。合わないことなんて知っていた。
俺は中村のことを好きだったのかどうだったのか、付き合いはじめたときもフラられた今も分からない。けど中村は唯一、俺のこと怖がらずに屈託ない笑顔で話しかけてきてくれた女子だったから。
他の誰かに『貧乏』ってバカにされたとしても、どうしてもアイツにだけは貧乏って知られて見下されたくなかった。
ほんとは携帯買う金も、ファミレスで食う金も、遊園地に行く金もないんだって正直に言えばよかったのかもしれないけど……でも俺は中村に携帯も買えないような貧乏人だって知られて馬鹿にされるくらいなら、嘘でも俺が中村を馬鹿にしてるようなフリをしていたかった。
自分のプライドのために相手を傷つけるほうを選んだのだから、俺なんてフラられて当然だ。この苦さはその報いだ。
それでも考えてしまう。
もし。
もし俺がフツウの家に育っていたら。
本当の父さん母さんが生きていて、じいちゃんばあちゃんが元気で。毎月届く公共料金の請求書にびくびくしない、スマホとか携帯とか当たり前に使える家に育ってたら。
そしたらもうすこし中村とうまくつきあえたのかって。
よく、お金じゃ愛は買えないとか言うけど、そんなのフツウの家に生まれた連中の言うことだ。お金がなきゃ、愛どころか中村の言う『普通の恋』もできない。
それが無力な中学生である俺の現実だった。
---------このまま、優姫香(ユキカ)みたいに、どこかへ消えちまおうか。
中学校までの道を走りながら、ちらっと脳裏にそんな不穏な感情が過ぎる。
-----------もしあの馬鹿みたいに、なにもかもすべて置いてどこかへ行ってしまえたらいいのにな。
それはとても卑怯で、でもとてつもなく甘い誘惑だった。