大人にはなれない
3) 心はバラバラになっても息をする
3) 心はバラバラになっても息をする
こんな生活、いつまで続くんだろう。そんなことを思っていると、正面に立っている福原先生がやさしい声できいてきた。
「敷島くん。どう、落ち着いた?」
福原先生はまだこの学校に赴任して2年目で、教師の中でも若手の先生だ。しかもちょっと童顔で、授業中でも休み時間でもいつもほんわかしてる。正直『先生』と言うより『親戚のねえちゃん』って感じ。
今テレビで人気のぽっちゃり系の女子アナに似てるらしく、それにかこつけてクラスのやつらから『福原アナ』とか呼ばれてからかわれている。……俺の家にはテレビがないから、それが誰のことなのかよく知らないけど。
「味はどう?」
先生が指導している、吹奏楽部が練習している音楽室に駆けつけると、先生は部員たちに「パート練してて」と指示をして、すぐに俺を生活指導室へと連れてきた。
先生はまず何を言うよりも先に俺を座らせると、いつも持参しているコブタ柄の水筒のコップに中身を注いで「どうぞ」と俺に差し出してきた。
先生のやさしい目に促されて、ゆっくりと口を付けるとなんかのお茶みたいな不思議な味がした。なんの味なのか分からない。うまいのかまずいのかすらよくわからない。けれどほんのり甘くて、いい匂いがした。
おそるおそるひとくちひとくち口をつける俺を、先生がちいさな子供を見るような目で見ている。匂いのせいか、先生のまなざしのせいか、尖っていた気持ちが少しずつ丸くほどけていくようだ。
「……これ、なんですか?」
「ハーブティよ。それにはちみつをちょっと落としてあるの。カモミールってリラックス効果があるハーブでね。ほら、教師みたいな仕事してるとね、イライラしないのも強いハートでいるのも仕事のうちだから、ね?」
福原先生はそう冗談っぽく言って、俺を笑わせようとする。
「………すみません」
あきらかに先生に気遣われているのが分かって、すこしはずかしくなる。そんなつもりはなくても、取り乱した姿を相手に見せるってことは、相手に甘えているのと同じことだ。
「すみませんじゃなくてさ。ハーブティはどう?さっきはひどい顔してたよ。今は気分は?」
俺が大丈夫です、と答えると先生はいっそうやさしい顔になった。
「………給食費のことは分かったから。また払える状態になったらよろしくね。じゃあこれ一度返しておくね」
そういって福原先生が、封筒を手渡してくる。
「ありがとうございます………ほんとうにすみません」
「気にしない気にしない。帰り、気をつけてね」
「お茶もごちそうさまでした」
頭を下げると、ぽんぽんとあやすように頭を撫でられた。ちいさいけど、ふっくらしててあったかい手。本当に、このひとねえちゃんみたいだ。たしか優姫香と同い年くらいのはずだけど、優姫香とは全然違う。
-----------あの最低の馬鹿姉とは。