大人にはなれない
「カモミール、気に入ってくれた?」
「………はい」
「また落ち着きたくなったら言ってね。いつもみんなにこっそり分けてるのよ、これ」
そういって立ち上がったときだった。騒々しい足音とともに、生徒指導室の扉を激しくノックする音が聞こえてきた。
「先生!福原先生!いませんか!?」
相当に切羽詰まった声に、すぐに福原先生が反応した。
「どうしたの?開けていいわよ」
「失礼しますっ、先生、大変ッ」
息を切らせてやってきたのは、女子生徒だった。
「練習中、ナナとユカちゃんが言い合いしてるうちにケンカになってッ、それでユカちゃんがナナのこと引っ叩いちゃったんですっ」
よっぽど慌ててたのか、片手にフルートを持ったまま指導室に駆け込んできたのは、吹奏楽部の部員だった。その女子の顔を見た途端、鎮まりかかっていた神経が一気に波立った。
「あらあら。さっそくこの水筒の出番かしら」
「今みんなで止めてるとこだけど、ふたりとも泣き出しちゃって。先生、早く戻ってきてくださいっ」
「あのふたり、前も揉めてたよね。班分けしたほうがいいのかなぁ」
「いいから先生、はやく--------」
福原先生を一刻も早く音楽室に連れて行こうとするその女子生徒が、指導室の奥に立っている俺を見て息を飲む。
「………美樹くん………っ」
思わずといった様子で呟いたその女子は、つい数時間前までは自分のカノジョだった中村だ。中村はしばらく無言で俺を見詰めて。それからなんと言えばいいのか分からないとでもいうように、俺から視線を逸らした。
「………ごめん、美樹くん。福原先生と進路相談中だった……?」
「や。もう帰るとこだから」
何事もなかったようなフリして呟いて。ふたりよりも先に指導室を出て行こうとしたのと同じタイミングで、よりにもよってコイツかよ、と毒を吐きたくなるくらいイヤなヤツが指導室に顔を覗かせた。
「あれ、生徒指導室は今使用中?って、なんだ敷島じゃんっ」
そいつは俺を見るとにやけた笑みを張り付かせて、馴れ馴れしく寄って来た。