大人にはなれない

「つかさ、ウチ来るんだったらこんな暗いとこで待ってないで先上がってろよ。どうせかーちゃんもとーちゃんもミキならいつ来ても歓迎なんだし」

そういってベンチに座ったまま動き出せずにいた俺の腕を掴んで立ち上がらせると、斗和が歩き出した。

公園を抜けて駅前の商店街にたどり着いて。田舎っぽい古びたアーケードを進んでいくと、斗和の自宅兼おじさんおばさんの職場でもある『ヘアーパーラー南』が見えてくる。


「たっだいまぁ~。かーちゃん腹へったー」

斗和が年季の入ったドアベルをカラコロ響かせながら正面のドアから入っていくと、店の中で客の散髪をしていた理容師のおばさんがすぐに手を止めて怖い顔になった。


「こら斗和!あんた裏から入ってきなさいっていつも言ってんでしょうっ!」
「えーだって、店から入った方が近いし、わざわざ裏まわるのとかめんどい」
「めんどいじゃないでしょ、この馬鹿っ」
「へっ、ざっまあー、そのバカあんたのむすこ~」
「………ほんっとにっくらしいッ。なにその顔はッ!!親を馬鹿にして!!」


いつもへらへらと表情のゆるんでいる斗和と、ベリーショートがよく似合ってるきりっとした雰囲気のおばさん。ほんとに同じ血が流れているのか?と疑いたくなるくらい顔も性格もふたりは似ていない。

でもハイテンションな口ゲンカの応酬をみれば、このふたりが紛れもなく血を分けた親子なんだってことがよく分かる。

真っ白なシャツと細身の黒いスラックス姿がいっそ男前おばさんは、ヘン顔をしておばさんをからかおうとする斗和にますます目付きを険しくした。


「いい加減になさい、斗和。お客さんもいるのが分からないのか」
「お客っていってもどうせ黒田のおっちゃんしかいないじゃーん。それならまいっかって思って」
「黒田のおっちゃんじゃないでしょ!黒田さん。うちの大事なお客様になんてこというのあんたは!」


おこりっぽいおばさんは斗和に向かって「ぶちのめす」と言って拳を振り上げる。けれど頭を両手で覆って素早く逃げる斗和も、おっちゃん呼ばわりされた常連客らしい男の人も、たのしげに笑っている。


斗和のウチは、斗和そのものだ。いつでも笑いと明るい雰囲気が循環している。


いつもくだらないジョークで笑わせてこようとするおじさんも、どんなときでもエネルギッシュなおばさんも、そして斗和も。

この家の3つの『ポンプ』はどれも超高性能で。どんな淀んだ雰囲気だって浄化して、いつだってこの家の中に気持ちのいい空気を送り込むことが出来る。

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