大人にはなれない
不意に斗和は部屋に転がっていたバスケットボールを手に取った。
斗和が愛用してるのはスポルディングのボールだ。
バスケ部のチームメイトは『やっぱバスケのボールはモルテン派』ってヤツが多いみたいだ。全中の公式球はモルテンのボールだから、モルテンを選ぶのは妥当な選択だろう。
けど斗和は誕生日におじさんと行ったスポーツ用品店で、迷わずこっちのボールを選んだ。
その理由を知っている。
スポルディングはアメリカの『NBA』や日本の『bjリーグ』、世界中のプロバスケットボールリーグで公式球として採用されているメーカーなのだ。
斗和からはっきり聞いたことはない。でも斗和の目がバスケ部の仲間たちより、もっともっと高い場所を見据えていることを知っている。
なにも考えていないような能天気な笑顔の内側に、斗和はバスケへのたぎるような情熱と、目標へ向かってひたむきに突き進もうとする真剣さを秘めている。
「ミキ、なんかあったんしょ?まさか本気で俺に失恋慰められにきたわけじゃないよなー?」
斗和が自分の夢の象徴であるバスケットボールを、指先に乗せて器用にくるくる回しながらきいてきた。斗和の将来がこんな感じであってほしいと願いながら、ブレることなく順調に周り続けるボールを俺も見つめる。
「斗和。………また髪、切ってくんね?」
「え。今日?べつにいーけど?今日は店、早閉まいの日だし」
いいながら、斗和がボールを軽く真上に放って、右指から左指に支点を変える。それでもボールは滑らかに回り続ける。
「まだそんな伸びたように見えないけど、さっぱりしたいならいーよ。店閉まったらかあちゃんに場所と商売道具貸してって頼むわ」