大人にはなれない
「あ、なんだよその目。また俺のことバカとか単細胞とか脳みそチンパンジーとか思ってるんだろっ」
「………チンパンジーはいくつかの知能テストで人間に勝ったことがあるくらい頭がいいんだぞ」
「そういうミニ知識とかいりませんから。つか俺の言うことにマジんなってツッコんでくるなんてミキちゃんくらいなんすけど?」
「それを言うなら、たとえ話だとしても息吹をクズ呼ばわりするのはおまえくらいだよな」
俺が息吹の名前を出した途端、斗和は面白くなさそうに露骨に顔を顰める。
「おえッ。ほんっとミキちゃんって息吹好きだよね?つか女子と変わんないよね?息吹教の信者だよね?もういっそ付き合っちゃえば?なんなのその盲目な感じ。まじキショいわ」
吐き捨てながら斗和が部屋の時計を見る。時刻は19時。『ヘアーパーラー南』の営業終了時間であることを確認すると、斗和が立ち上がった。
「さってと。ホントなら髪切るならカワイイ女の子がいいんだけど。まあしょうがないから今日はミキちゃんで我慢してやるよ」
そういって店舗である階下へと歩き出していった。
* * * *
「さーさー、お客さま~。今日はどういった髪型がお望みで?」
間髪入れずに「丸坊主」と答えると、斗和が芝居がかった仕草でその場にずっこけるフリをした。
「おいミキちゃん。アホか、おまえ。俺をリンチにでも合わせたいのか?」
「は?意味わかんねぇんだけど?」
「ミキを丸坊主になんてしたら、俺女子たちに囲まれてフルボッコにされるっつーの」
斗和はシャンプーチェアーに座った俺を見下ろすなり、後頭部のあたりをド突いてきた。
「ほんっとおまえのニブいの腹立つわ。おまえゆっこちゃんとか伊藤さんとか岸田さんとか、隣のクラスのエリちゃんとか、おまえのこと『陰があって、大人っぽくてかっこいいっ』って言ってんの知ってんだろッ」
「………斗和?おまえなに言ってんだ?」
「俺を頭のおかしいヤツ見るような目で見んな!おかしいのはてめーだろ!『あの無口で無愛想で近寄り難いとこがたまんなーい』って、一部の女の子たちが騒いでんじゃんかよ!」
「『無口』とか『無愛想』って褒め言葉じゃねぇと思うけど……?」
俺が反論すると、斗和は「ああああっ!!」と頭を掻き毟ってその場にうずくまった。