大人にはなれない
「おっ。すげー俺。知ってたけどやっぱ天才っ!つか俺よりカッコよくしちゃうなんて、俺マジ人がいいよなぁ~。超ともだち思い~」
そう言いながら俺が首元に巻いていたケープを乱暴にひっぺがすと、斗和は店にある引き出しからちいさなノートを取り出した。そのノートの何ページ目かを開くと、斗和はボールペンで何かを書き足した。
「5、10、15………うっしゃこれで20個目ゲット~」
ノートに書かれた『正』の字を数えて、斗和がにやりと笑う。
「おいミキ。おまえ前にした約束、ちゃんと覚えてんだろーな?」
「………合コンのことだろ」
俺が答えると、斗和がにやりと笑う。はじめて斗和に髪を切ってもらった日から、毎回斗和はこのノートにカットした回数の記録をつけていた。
『5回切るごとに1回、大人になって俺がおまえ合コンに呼び出したときに絶対くる約束ね!』
それが俺の髪を切る条件だと言われた。
『うちの母ちゃんも言ってたけど、ミキはさ、絶対大人になってからの方が女の子にウケるタイプなんだよね~』
などと斗和は言い出した。
『ミキちゃんみたいなクールつぅか、何か背負ってるような雰囲気のあるヤツって、母性本能くすぐりまくると思うんだよ。息吹みたいな『白馬の王子』キャラだけじゃなくて、『陰のある男』もやっぱ女の子に人気なジャンルじゃん?せいぜい俺は大人になっておまえの利用価値が高まった頃に、おまえのこと女の子たちを誘い出す道具として利用させてもらうぜぇ!それまでは俺がきっちりおまえの髪切ってやっから!』
毎回おまえにタダで切ってもらうわけにはいかないと俺が言ったとき、斗和は見返りはいらない、などとは言わなかった。俺の髪を切るのは『ただの利害の一致』だからいいんだって言い切って笑ってくれた。
「そーそ。合コン合コン!俺一度でいいから合コンしてみたいのよ!大人になったら合コン開きまくって受付嬢とかデパガとかCAとか、きれーなおねえさんバンバン引っ掛けよーぜ。だからさ、中村にフラれたことくらいで頭丸めようとか、そういう古風なこと考えるなっつの。似合わねぇし」
そういって斗和がひときわ乱暴に俺の背中をぶったたいた。
フラれたからじゃない。
無関係の中村に当たってしまったことが恥ずかしくて。あんなことをした自分が、人として腐っていってしまいそうで。そんな気分を変えたくて、そのきっかけがほしかったんだ。
他に方法が何も思いつかなかったからとりあえず『丸坊主でもしてやろう』などと考えたけど、俺が本気で頭を丸めるつもりだったことは、斗和には見抜かれていたらしい。