大人にはなれない
変化の足音
5) 息吹の目
5) 息吹の『目』
『敷島くん、今年は畑と花壇に何を植えたいか考えておいて』
今朝教頭の西宮先生にそう言われて、俺の頭の中では朝から色とりどりの野菜が踊っていた。やっぱどうせ育てるなら、ただきれいなだけの花より腹が満たされるもののほうがいい。
トマトにキュウリにナス、オクラ。それにマメ系もいい。とれたてのスナップ豆は甘くてやわらかくて、ひまりの好物だ。去年は家に持って帰ったものはほとんどひまりが食ってしまった。今年も袋いっぱいに持って帰ってやったらまたすごい喜ぶんだろなと思うと、なんだか今から表情がゆるんでくる。
ガーデニングが趣味で学校中の花壇を熱心に手入れしている西宮先生は、俺が所属する『園芸部』の顧問だ。
うちの中学では部活は全員参加と決まっている。
けど運動部のきびしい練習についていけなくなったり、文化部の人間関係にうまくなじめなかったり、あとはハナから部活動をやる気がなかったりと、そういうあぶれた連中の受け皿になっているのが『園芸部』だった。
ほとんどの部員が『部活全員参加』の名目上仕方なく所属しているだけで、実際は『園芸部』を隠れ蓑にして帰宅部みたいな状態になっている。俺は1年のときから活動しているけれど、他の部員が来ているところはほとんど見たことがない。
西宮先生は『あぶれた連中』に最初から何も期待していないので、来ない部員たちに別に何も言わない。
他の同級生がおためしにいろんな部活に足を運んでいた新入生の仮入部期間、真っ先に『園芸部』に入部届けを持って来た俺のことも、西宮先生ははじめ軽く失望したような目で見ていた。俺みたいに体力を余らせているようなヤツは運動部に入ったほうがいいんじゃないかとも言われた。
けれど毎日部活に顔を出して先生の隣で黙々と雑草を引っこ抜いたり剪定をしているうちに、俺を見る先生の目が変わった。
今では放課後にホームセンターに連れて行ってもらって一緒に花や野菜の種や苗を選んだり、先生の持ってる家庭菜園だとか園芸の本を貸してもらったりと、学校の先生と生徒というより園芸の師弟というか仲間みたいな関係になっていた。
といっても俺はもともと園芸に興味があったわけじゃない。生まれたときからずっと庭のない団地住まいで土いじりすることなんてなかったし、植物を育てるなんて地味でつまらない作業だと思ってた。
けど運動部はユニフォームだシューズだ遠征費だいろいろ金が掛かるし、文化部だと女だらけの美術部は腰がひけるし、授業の音楽すら苦手なのに吹奏楽部なんてもってのほか。消去法で選んだのが『園芸部』だった。