大人にはなれない
けど活動してみて、これが意外に自分の性に合っているんだと思った。
雑草を抜き続ける単純作業はどんなに苛々してるときでも心が『無』になれるし、重い肥料や入れ替えた土を運ぶ重労働は意外に心地いい。
おまけに収穫出来た野菜を家に持ち帰ると母さんや由愛が喜ぶし、家庭科部に野菜をわけるとお礼だといって調理された状態になって「お返し」してもらえる。
正直、1年のときはまだ息吹や斗和に運動部に誘われたことに未練があったけど、今では園芸部は園芸部でよかったんじゃないかと思えてきている。
「……美樹。聞こえてるか?」
控えめな声に、野菜畑にいた俺の思考が教室の片隅に引き戻される。
今は現国の授業が終わって、三限の授業がはじまる前の10分休みだ。まだ給食まで2コマもある。いつもならもっと腹が減ってるけど、今朝はカレーを食ってきたからまだそんなにつらくなかった。
昨日特売で買った肉は、母さんがすべてカレーに投入して超豪華な肉たっぷりカレーにしてくれた。鍋いっぱいに作ったあの量ならたぶんあともう一日はもつだろう。カレーをすべて食い尽くした後のメシがどうなるかは、今は考えないでおく。
「おーいミキちゃんってば」
もう一度呼びかけられて顔を上げれば、すぐ傍に息吹と斗和が立っていることに気付く。なぜかふたりとも困惑したような顔をしている。
「何?どうした?」
「……だからさ。ミキ、ヤバくね?」
斗和がらしくもなく声を潜めて言ってくる。
「だから何が?」
「おまえさ、昨日中村さんと別れたってもう学校中に噂広まってるのに、何朝っぱらからそんなしあわせそうな顔してるの」
「俺が中村さんだったら、たとえフったのが自分でも、今の美樹の顔みたらいたたまれなくて泣きそうだ。そんなに自分と別れられてうれしいのかって思って」
息吹にまで責めるように言われて、ようやくクラスメイトが遠巻きから俺の様子を恐々と窺っていることに気付いた。俺が視線をぐるりと一周させると、みんな「ヤバイ」とばかりに慌てて視線を逸らす。
斗和の話だと、美人な中村は他の学年にも名前が知られているようなヤツらしい。だからそんな中村と一時的にでも付き合ってた俺は、「中村と別れた相手」として今日は変な注目を集めているらしい。
「美樹、どこ行くんだ?」
息吹にきかれて「便所」と答える。行きたくなったわけじゃないけど、なんだか教室がいつも以上に居心地が悪かった。
水道の水でも飲んで空腹をまぎらわすか、なんて考えながら廊下に出ると出会いがしらに何かにぶつかった。