大人にはなれない
「きゃっ」
「……っ悪ぃ」
相手と顔を見合わせた途端、驚きのあまりお互いに言いかけた言葉が止まる。中村だった。我ながら呪いたくなるほどの間の悪さだ。気まずさと口の中に沸いてきた苦味とに、思わず背を向けてすぐにこの場から立ち去ろうとすると。
「あ、あの、美樹くん」
中村が遠慮がちに俺を呼び止めてくる。
昨日のことを謝るならたぶん今がチャンスだろう。でも中村の大きな目で見詰められると、罪悪感だとか恥ずかしさだとかが泥のように腹に詰まっていって息苦しくなってくる。いっそこの場から逃げ出したいと卑怯なことを考えていると、中村はためらいがちに話し掛けてきた。
「美樹くんにちょっと聞きたいんだけど………昨日、笠間が言ってたことって本当なの?……その、お家が大変って」
「--------おまえ名前で呼ぶの、もうやめろよ」
話の矛先をうやむやにするために突き放すように言い捨てると、中村一瞬怯えたように口を噤んだ。でも俺の顔を見ると、目付きを鋭くさせてびっくりするくらいの勢いで言い返してくる。
「好きに呼んでいいって言ったの、美樹くんでしょうっ」
「けど俺とおまえ、もうなんも関係ねぇだろ」
話は終わりだとばかりに背を向けた俺に、中村は思わぬ言葉をぶつけてきた。
「今週の土曜日、朝10時。駅の改札前に来て」
今度は中村の方が、言いたいことは言い切ったとばかりに立ち去ろうとするから、俺の方が慌てて追いかける。
「………おい待てよ、なんのつもりだ」
立ち止まった中村は、俺の顔を見て意地悪な笑みを浮かべる。
「なんのつもりって、それ、昨日あたしが言いたかった台詞だよ?」
中村が強気な顔をしてグッとこちらに詰め寄ってくる。中村のくちびるが視界に入って慌てて一歩下がると、中村は昨日あんな傷ついた顔をしていたことが嘘のようなふてぶてしい笑みを浮かべて言い放った。
「いい?あたしにあんなことした美樹くんに、断る権利なんてないんだから。少しでもあたしに悪いことしたと思ってるなら絶対に来て。ううん、来なさい!」
中村はまるで言い逃げみたいに、茫然とする俺を置いてさっさと自分のクラスの教室に駆けて行った。
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