大人にはなれない

6) いい子


6) いい子



『今日はずっと家にいるから』


頭の中で、息吹の言葉が何度も何度もリピートしていた。息吹がどんなつもりで言ったことなのかさっぱり見当がつかないけど、あいつのあの顔色を見ればまた何か良くないものが『見えた』に決まっていた。


たぶんあれは警告だ。今日きっと、俺に何か良くないことが起きるのだろう。


母さんの腰は良くなってきているし、由愛も高校で気の合う友だちが出来たって言ってた。ひまりは今日も保育園を嫌がらずに行ってくれて最近登園は順調だし、俺もだいたいいつも空腹だってことはつらいけど、それ以外で(中村にフラれはしたけど)差し迫って大変なことは起きてない。

だから俺が考えられる『悪いこと』は、また家賃とか公共料金が滞納してるだとか、金絡みのことくらいだ。

でも金のことはどんなに身構えてみたって、まだバイトも出来ない俺じゃどうすることも出来ない。折角息吹が警告してくれても、起こるはずの『悪いこと』に備えることも出来やしない。

でも完全な不意打ちで来られるよりは、たとえ何も出来なくてもある程度『悪いこと』が起きると覚悟出来ている方がいい。……父さんのときみたいになるのはキツイから。

あの時は心の準備も何も出来ていなかったから、父さんが倒れたときはみんなパニックに陥って、誰も父さんの最期の言葉をちゃんと聞いてあげることが出来なかった。

そのときのことを思えば、たとえ『不幸の予告』なんだとしても、息吹が俺に『悪いことが起きる』ことを示してくれたのは有難かった。


--------『悪いこと』が、ひまりがまたコンビニのケーキを食いたいってダダをこねて大泣きするとか、その程度のことならいいのにな。


そんなことを思いながら、ひまりを預けているおひさま園の門を通っていく。

「こんにちは、森先生」
「あら?美樹くん………?!」

いつものように教室に顔を覗かせるけれど、なぜか先生は俺の顔を見て驚く。

「ひまりの迎え、来ました」

言いながら教室に視線を走らせるけれど、そこにひまりの姿はない。

かくれんぼでもしているのか思って、すこし声を張り上げて「ひまり」と呼ぶと、先生が困惑した顔で俺に寄ってきた。


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