大人にはなれない

「ああ、いちおう言っておくけど、人身売買とかヤバいのじゃないから安心してよ。相手、監査法人から外資系の企業に転職してFASやってるようなすんごいエリートだから。家も都内にあって豪邸なの。……ねーひまり。あんた金持ちの家のお嬢様になれんだよ。可愛い顔に産んでやった甲斐あったわ」


優姫香の指がおでこに触れると、ひまりは眠ったままうん、と身じろぎする。


「よかったねぇ。これで欲しいものなんでも買ってもらえるし、誕生日じゃなくてもいつでもケーキが食べられる。貧乏にバイバイして勝ち組に仲間入りだよ、ひまり」
「…………さっきから何意味わかんねぇこと言ってんだよ。そんなこと言われて俺らが『はい』とでも言うと思ってんのか………?」

「はあ?べつにガキのあんたの了解なんかいらねぇし。だってそのエリート、ひまりの実の父親だから。とっくに認知済みだし」

つまりその男は、優姫香のキャバ嬢時代の客なんだろう。

「………おまえとその人で、ひまりを育てるってことなのか?」


優姫香は何が面白いのか、ケラケラ笑いながら煙草を空き缶で捻り潰した。


「違う違う。あたしの話ちゃんと聞いてた?養子に出すんだよ。そのエリート、結婚してて奥さん居るけどもう10年以上不妊治療してても子供出来ないんだって。もう歳でたぶん自力じゃ産めないからって、ひまりを引き取りたいんだってさ。
あー、どーでもいいけど、旦那の愛人だった女の子供引き取って夫婦で育てるとか、マジ正気の沙汰じゃなくねえ?笑えるわ」


俺はちゃぶ台に乗ったままの封筒を、気付けば掴んで言っていた。


「ふざけんなよ……ほんとにてめぇは救いようのない馬鹿だな、今度は金のためにひまりを売りつける気なのかよっ」
「美樹ッ」


母さんが止めに入ろうとするより先に、俺は優姫香の顔に封筒を叩きつけていた。


「この汚いもの持ってとっとと出て行け、クソ女ッ。二度とうちに帰ってくんなッ!!」
「いってぇな、クソガキ!!あんたも何強がってるのよ。お金なくて困ってるんでしょ。こっちは電気代もガス代も家賃も、全部払っておいてあげたんですけど?ちなみに来月のひまりの保育園代もね」

「だからなんだって言うんだ、おまえみたいに平気な顔して家族売るような馬鹿になるくらいなら貧乏なままでいる方がマシだッ!!帰れ!!てめぇが勝手に払った金は、俺が働いたらそっくりそのまま返してやるッ」


優姫香の鞄とか、ちゃぶ台の上に載ったものを掴めるだけ掴んで、優姫香を力任せに無理やり立ち上がらせて玄関に向けて追いやっていく。


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