大人にはなれない
「いったっ、このバカガキ、離せよっ!!いてぇってばっ」
「美樹くん、落ち着いてっ」
「美樹やめなさい!!」
由愛と母さんに止めに入られてどうにか優姫香から手を離したけど、気が収まらない俺は何を考える間もなく優姫香のハイヒールだとか鞄だとかを玄関から放り出していた。そんな俺の激情を黙って見ていた優姫香は、呪うように言ってくる。
「………あたしだってこんな家、帰ってきたくて帰ってきたわけじゃない。あんたはいいよね、何も知らないで」
優姫香は卑屈な笑みを俺に向けてくる。
「クソ女で悪かったね。どうせクソみたいな親から生まれたんだから、あたしがクソ女になるのも別に当たり前のことなんだよ」
「はあ?あの人たちが事故で死んだのは仕方ないことだろ、親にまでそんな言い方するなんてどこまで人間腐ってんだよ。俺らだって大変な思いしてんのに、おまえはそうやっていつもいつも自分だけが苦しいみたいな顔して、ただ言い訳してるだけだろッ」
「……………ああどうせ美樹にはわからないよ!!そうやっていっつもじいちゃんみたいな目であたしを見下してッ」
俺の言葉の何が引き金になったのか、優姫香が猛然と怒りだす。
「いつも優等生で勉強できて、みんなから可愛がられていて。おまけにあんた、今度は就職して家族を支えるんだって?なにそれ、15で家族養うとかどこまで人間出来てるのよ、いい子過ぎて虫唾が走んだよッ。さすがじいちゃんのお気に入り。じいちゃんいつも近所に美樹のことばかり自慢してたもんね、あいつは根性あるって。あいつは見所ある、いまに立派な大人になるって。
どうせあたしは誰からも期待されないダメな子だよっ。高校中退したバカだよっ。それでもあたしだって必死だった。キャバクラだって男に媚びてればいいだけの楽な仕事じゃないんだっ、つらいことたくさんあったけど、こっちだって必死だった。恥ずかしい仕事?マトモな職業じゃない?悪かったわねッ、どうせあんたは正論振りかざして上から見下すだけで、こっちが誰も知らないところで歯を食いしばって頑張ってたこと認めようとしないんじゃないッ。
あたしだってね、なれるもんならあんたみたいになりたかったよ………マトモな仕事して、マトモな生き方して。……でも無理なんだよ。最初っからいい子の美樹なんかに、ダメなあたしの気持ちなんてどうせわからないよ!!」
視界が真っ白になった。もしかしたら本気で怒りが極まったとき、人の目には何も映らなくなるのかもしれない。
「いい子ってなんだよ……?……俺だって……俺だって好きでいい子でいたんじゃねぇよ………っ」
悲鳴のような自分の声。そんなつもりもないのに。気が昂ぶりすぎて、気付けば目頭が痛いくらい熱くなっていた。