大人にはなれない
7) それでも揺らぐ
7) それでも揺らぐ
優姫香が家に来た一件が長く尾を引いて、翌日の学校の授業は全然身が入らなくなった。
いつもは俺が不機嫌でも平気で絡んでくる斗和も寄って来なくて、今日初めてまともに声を掛けられたのは、最後の授業が終わってクラスの奴らが帰り支度を始めた頃だった。
「美樹、もう授業終わってるよ?」
そう言って俺の代わりに開きっぱなしのままの教科書を閉じたのは、相変わらず王子様然とした息吹だ。きっと息吹の目には昨日の俺の醜態やら家庭の恥やらいろんなものが映ったのはずなのに、息吹の態度はいつもと変わらない。
こうして何事もなかったような顔して知らないフリを貫くことが、息吹の俺への最大限の気遣いなんだろう。
「なあ息吹」
「何?」
「働いてる人に会いに行くときって、何時ごろ行けば失礼じゃないんだ?」
「…………さあ?職種にもよると思うから一概に言えないけど、忙しい時間以外ならいいんじゃないの」
「だよな」
今日はひまりの迎えは由愛が行くと言っていたから、放課後に余裕がある。行くなら今日かと考えながら立ち上がると、息吹の言葉が追って来た。
「そういえば、美樹。福原先生が放課後、おまえに進路のことで話があるって言ってたけど」
「呼び出しか?だったら適当に誤魔化してくれね?俺今日は用事あるから」
「嫌だ。俺、先生困らせたくないし」
明らかに冗談って分かる調子で、笑いながら息吹は言う。
「頼むって」
「だから嫌だってば。折角の優等生で頼り甲斐のある俺のイメージに傷がつくだろ」
「はいはい、おまえはちょっと傷つくくらいで丁度いいんだよ。ハンデくらい寄越せって」
「ハンデ?」
息吹は訝しげに眉を顰める。
こいつはあまりにも出来過ぎた優等生なんだから、もうこれ以上完璧じゃなくていい。すでに息吹は誰も太刀打ちできない男なんだ。ハンデになるくらいの欠点くらい持っててほしい。
だって15で勝てなかったから、もう一生誰もこいつに勝てるチャンスなんてないんだろうから。
「でもやっぱ福原先生のところ行っておいた方がいいんじゃないか。美樹だって担任に相談しておきたいことくらいあるだろ」
「べつにねぇよ。俺の場合、どうせ進路相談とかしたって選択肢あるわけでもねぇし」