大人にはなれない
「離せ、馬鹿。服掴むの卑怯だろ、バカ斗和!」
「だって百戦錬磨のミキちゃん相手じゃ俺正攻法じゃ勝てないもーん」
言いながら斗和が俺を転ばそうとして脚に絡んでくる。ハタから見たら男子同士の取っ組み合いに見えるだろう。けど俺と斗和との間に緊迫した空気はない。じゃれあってるような感じだ。
でもたとえおふざけの喧嘩であろうと、お互い負けず嫌いの俺と斗和は自分の方が勝ったような雰囲気でじゃれあいを終わらせたがる。
だから今日も俺を地面に引き倒そうとする斗和とそれをこらえる俺とでムキになって、じりじりせめぎあっていた。すると。
「はいはい。そのへんにしなよ、美樹、斗和」
いつものように頃合を見計らって、ベストなタイミングで止めに入るのが息吹だった。
「ほら。美樹、今日は大事な日だろ。毎月10日は何の日なんだっけ?」
「………『スーパー伊藤』のメガ特売セールの日」
俺が答えると、息吹は生徒思いの教師みたいな目で俺を眺めてくる。
「ご名答。じゃあ今日のひまりちゃんのお迎えは誰が当番なの?美樹?それとも由愛さん?おばさんは、まだ腰悪いんだろ?」
「………俺」
俺の返答に、息吹は一瞬男だってことも忘れて見惚れそうになる顔でにっこり笑う。
「じゃあ斗和と馬鹿やってる時間はないんじゃないの?」
「………わかったよ」
俺は渋々従うフリをして、斗和から手を離した。普通に喧嘩とかだったら斗和に限らず他のヤツらにだって負ける気はしない。けれど俺は息吹に微笑まれることだけには弱かった。息吹の表情や言葉には、人を動かす力がある。
俺は目付きが悪くて、よく無愛想だとか言われてて、陰でヤンキーの疑いをかけられてるようなヤツだ。そんな女子にも男子にも怖がられて勝手にダークなイメージを持たれている俺とは、息吹はまるで間逆の人間だった。
父親は有名企業の社長だし、母親はその昔正統派美人で知られていた元女優。両親自慢の一人息子である息吹は女子たちから『王子様』なんて呼ばれていて、顔も性格も頭も良くて、なんも欠点がない。
息吹が人生で唯一引き摺っているのは、小学生のとき俺と将棋で勝負したことだという。そんな子供の遊びでしか挫折を味わったことがないっていうツワモノだ。
そんな息吹は満たされて育ったやつ特有の、やさしさだとか余裕だとか、そういう人としての『温かさ』や『正しさ』を持っているのに、俺は息吹とつるんでいてもみじめを感じたり卑屈な気分になったりしない。息吹といるのはフツウにたのしくて、心地いい。
それはきっとこいつの人徳のせいなんだろう。息吹は本物の王子だ。息吹を熱っぽい目で見つめてる女子たちだけじゃなく、俺もそう思う。
-------俺とは育ちが全然違うのだ。