大人にはなれない
中卒の就職率が悲惨なものだって、進路指導室で見たデータで知っている。
それでも男はまだ体力任せの仕事だとか技能職だとかに就いてどうにか生きていくことは出来るけれど、女は男以上にそういう道に進むのが難しい。
正社員じゃまず雇ってもらえなくて、フリーターをして長時間労働低賃金のワーキングプアに陥った女が、結局キャバクラとか風俗とか(俺にはこの2つの違いがよく分からない)そういう「夜のお仕事」に流れ着くことはよくあることらしい。
水商売で酒煙草ギャンブルホスト浪費とあらゆる悪癖を覚えた反面教師の長女がいたからこそ、余計に由愛だけは普通の高校に行かせたい、行ってもらいたいって思った。
由愛はそんなヤツじゃないと思ってるけど、少しでも落ちぶれるリスクの低いまっとうな道に進んでほしいって、由愛以上に俺の方が望んだのだ。
『………だからその話はもう済んだことだろ。おまえはあの馬鹿みたいになるなよ』
何より強く俺をそう思わせたのは、去年の笠間の発言だ。
あいつは真剣に進路に悩む由愛に、『大丈夫、学歴なくても敷島くらいかわいい女のコなら、今は結構稼げる世の中なんだから。いざとなったら進学を諦めてすぐ就職すればいいじゃん』なんて言いやがった。
あいつは俺が問い詰めに行くと『べつに夜のお仕事しろって意味じゃないよ、誤解しないでって』なんて下手な弁解してたけど、どう考えてもキャバクラだとか水商売を想定した言葉にしか聞こえなかった。
『だったら女が中卒で安定して稼げるどんな仕事があるんだ』と聞いても、あいつは半笑いして誤魔化すばかりだった。由愛は真剣に悩んでたのにあいつは“仲が良い者同士”の中で許される冗談を言っただけだって顔してた。
それがどうしても許せなかった。
もしかしたら由愛か俺かどちらかしか進学出来ないかもしれないって分っていたけど、あいつのあの発言があったから、あの笠間の馬鹿を見返したいって思って、それでほとんど意地で由愛の進学に背中を押した。
だからやっぱ俺は「ほんとは高校に行きたかった」とか言ってる場合じゃないんだろう。
由愛は優姫香みたいな馬鹿じゃないと思うけど、金がなければ人なんてどこまで堕ちていくか分からないんだ。
俺が由愛をそんな状態にさせないようにしなきゃいけない。立派な大人になるって父さんとの約束はどうなるか分からないけれど、とりあえず俺はしっかり社会人になることを考えなきゃいけない。
そう腹を括って、坂を下りて民家から離れて工業地帯に入っていく。その外れあたりに、ぽつんと広い庭の付いた古い一軒家が見えてきた。