大人にはなれない
「気持ちのいい食べっぷりだなぁ、おい」
出されたのは質素だけどすごくおいしいごはんで、遠慮して食べるつもりだったはずなのに結局俺は米粒ひとつ、漬物ひときれも残さずきれいに平らげてしまった。
おかわりまでさせてもらって、こんなにたくさん食べてしまったことが申し訳なくなってきたけれど、秋元さんもおばさんもなぜかとてもうれしそうな顔をしていた。
「おかわりは?もういいの?」
「もうたくさんいただきました。十分です、ほんとうにごちそうさまでした」
「遠慮するこたねぇんだぞ、どうせうちは年寄り二人で食う量なんてたかだか知れてるからな。美樹ちゃんの食いっぷり見て、こっちが元気をもらえたくらいだしな」
そんな話をして、食後のお茶までもらってひと段落した後。改めて切り出した。
「俺、本当に秋元さんのところで働きたいんです。出来たら卒業式が終わったらすぐに、1日でも早く」
秋元さんは何も言わずじろりとこちらを見る。それはもう『知り合いのおじさん』ではない、俺という人間を見極めようとする厳しい『職人』の目だった。
「学校のパソコンで調べました。左官職人が一人前になるのはすごく時間がかかるって。この業界に入る人は中卒で修行はじめる人もたくさんいるって。だから俺も1日でも早く修行を始めて一人前になりたいんです。足手まといにならないようにがんばります。だからどうか俺のことを雇ってもらえませんか」
「慶子ちゃんにはこのこと相談したのかい」
「…………一応。母さんには働きたいってことだけ言ってあります」
「そうかい」
否か応かの返事を急く俺に、秋元さんはゆっくりと湯呑のお茶を飲み下してから口を開いた。
「そうか、働きてぇのか、美樹ちゃんは。………俺も美樹ちゃんみたいな若くて健康で、しかも滅多にいねぇくらい真面目な子が弟子にこりゃ、張り合いがあるよ。ウチの若い連中にもいい刺激になるしな」
「じゃあ……っ」
身を乗り出しかけた俺に、秋元さんは宥めるように苦笑する。
「そう急いじゃいけねぇよ。今はよぉく考えろや。これは美樹ちゃんの一生の問題だからよ」
「つまり………俺じゃダメってことですか」
落胆する俺に、秋元さんは首を振った。