大人にはなれない
「待って。ちょっと美樹ちゃん、これ持って行って」
エプロンを付けたままのおばさんは、手にタッパウェアを持っていた。その中に入っていたのは黄金色の芋ようかんだった。
「これは……?」
「迷惑じゃなかったら持って行ってちょうだい。うちの裏の畑で取ったさつまいもで作ってみたの。美樹ちゃんは甘いの好きだったでしょう」
「………うまそうです、けど」
「うちはまたいくらでも作れるから。ね、ほら。お土産に持っていってお家で食べてちょうだいな」
おばさんの好意が有難かったので素直に受け取ると、おばさんの方がうれしそうに笑ってくれる。
「何から何まですみません、ごちそうさまでした」
「いいのよ。ウチの人もね、ほんとは美樹ちゃんみたいな今どき珍しいくらい真面目でしっかり者で有望な子を、自分が一から仕込んでみたいって思っているのよ。……でもね。それは申し訳ないとも思ってるの」
「申し訳ない?」
「美樹ちゃんにはまだこれからたくさんの可能性があるはずだから、本当にこの業界に引っ張り込んでいいのかって葛藤しているのよ」
「俺が迷惑だったんじゃなくて……?」
おばさんは笑顔で頷く。
「美樹ちゃん。うちはいつでも待ってるから。焦らずに、ね?」
おばさんも秋元さんも、俺の進路のことを本気で心配してくれているんだと気付いた途端、「すみません」と謝罪の言葉が漏れていた。
「ふふ、美樹ちゃんが謝ることなんてひとつもないじゃない」
おばさんにそう笑いかけられて、なんだかたまらない気持ちになった。
やさしくされた途端、就職という道を選ぼうとしていることに、ほんとは挫折みたいな気持ちを抱えている自分に気付かされたからだ。
秋元さんたちは本気で俺を受け入れてくれようとしているのに、俺はこの期に及んで油断するとまだ進学に心が揺れて迷いそうになっている。そんな自分がほんとに情けなかった。