大人にはなれない
「あっ!そういえば『スーパー伊藤』っていえば、今日も母ちゃんからチラシもらってあるぜっ!」
そういって斗和が地面に転がしたままのカバンの中から、教科書にはさまってグシャグシャになった紙を取り出した。
「んだよ、この広告ボロボロじゃねぇの」
「うっせーわ、ミキちゃんのクセに文句言うな。あのな、今日の特売セール、ここの赤丸ついてる4時からセールの『野菜の詰め放題』と『豚肉』が今日のマストだって!」
「詰め放題?まじ今日あんのか!?」
斗和に手渡されて、チラシを素早く隅から隅までくまなく眺める。500円以上購入でたまご1パック20円で買えるってのもマストだ。絶対ゲット、と頭のメモに書き込んでいると、スマホに目を落とした斗和が声を上げた。
「ってヤバイい。もうすぐ時間じゃん、ミキちゃん急いで!メガ得セール間に合わねぇよ!」
「ミキちゃん言うなッ」
文句をいいつつもチラシに目を向けて慌てて駆け出す。
……すげぇよ、スーパー伊藤。豚バラ肉が100グラム税込み68円って奇跡みたいな値段だ。……肉、食いてぇ。
「うわキモッ。ミキちゃん、なんか笑ってるし!チラシ見てにやけながら歩くなよっ」
「そうだ美樹、危ないから前見て歩け!」
「っせぇな、わかってるってのッ。……おい、斗和。おばさんにいつもすみませんって言っといてくれよ。……じゃあなッ」
こうして俺は生まれて初めて経験した失恋に浸る間もなく、手を振るふたりに背を向けてガッコから直でスーパーの特売セールに向かった。
その後荷物をぶらさげて3歳半の姪っ子が待つ『おひさま園』までひとっ走りする頃には、忙しさのあまり中村のことは頭から完全に消えていたのだった。