大人にはなれない
「……そういやおまえ、こんなとこいて大丈夫なのか」
軍手をはめ直して、作業に集中するフリをしてその場にしゃがみ込む。目が合わなくなった分、すこしだけ余裕を取り戻せたのか、ようやく口がまともに動いた。
「まだ部活中なんだろ?サボってねぇでそろそろ戻れよ」
「ひっどい、サボってなんかない!今日は月に一度の自由練習の日なのっ。さっきまでちゃんと練習してたからちょっと休憩してもいいんだから」
「部員の奴ら、おまえ待ってんじゃねぇの?」
あんま人間関係に詳しくない俺でも、中村が吹奏楽部の中心的な存在で、後輩たちからも慕われてるって知っていた。よく廊下で部員に挨拶されてるし、後輩が教室まで中村を訪ねてくることもあった。
「さっさと行ってやれよ」
「………うん。お邪魔してごめんね」
中村は大人しく校舎に帰っていこうとして、でも途中で何かを思い出したのか、急に引き返してきた。
「あの、美樹くん」
「何だよ。雑草抜き手伝ってくれんならそこに予備の軍手あるぞ」
「………もうっ、そうじゃなくてっ」
中村は一端言葉を切ったあと、少し迷うような顔して聞いてきた。
「美樹くん、今週の土曜日、どうするの」
「どうするって………また長澤さんとこ行くつもりだけど」
もしかしたら進学って路を選べるかもしれないって可能性が出てきてから、妙に勉強に身が入って、飛田さんとか講師役の大学生が用意してくれた山のようなプリントを解いては土曜に『みらい塾』で丸付けや解説をしてもらっていた。
おかげで先週学校でやった実力テストも、まだ返って来てはないけれどいつもより手応えを感じていた。今は進路がどうなるかはともかく、しばらく勉強に没頭していたかった。なのに中村は、そんな気持ちに水を差すようなことを言ってきた。
「あのさ………今週はみらい塾行くの、ちょっとお休みしない……?」
「休む?なんで?」
「えっと、ちょっと都合が悪くて……」
中村はみらい塾に通う小学生たちにすごく懐かれてて、行くとすぐに囲まれている。ちいさい子供たちは中村の取り合いをして喧嘩になって、中村が仲裁に入ることも毎回のことだった。
ひまり一人の相手だって手を焼くんだ、何人もの小学生をかまうのは今まで大変だったろう。