潮風の香りに、君を思い出せ。
「ナナさんと、元に戻りたくなったりしないかなって、ちょっと心配です」
思い切って言ってみる。こんなこと言ったって何も変わらないけど伝えてみる。でも、どんな反応か怖くて顔は見られない。
「しないよ、そういうんじゃない」
大地さんの声は笑っている。
「七海ちゃんのことがなくても元々話しときたかっただけ。信じていいよ」
そっと肩に手を置かれて、キスが来たのはおでこだった。
「ちゃんとしてくるから」
耳元でそう言うと、そのままドアを開けて出て行く。私はその場で動けなくなっていた。無神経なくせに、時々かっこよくてほんとにずるい。
贅沢になってると思う。さっきまではもう諦めてるつもりだったのに。大地さんの気持ちが今自分に向いてると知った途端、もうそれをつなぎとめておきたくて不安になってる。
ついさっきまで婚約者だと思っていたナナさん。きっと会うのはしばらくぶりで、でも何年もずっと一緒にいた人。もし、ナナさんが「やっぱり考え直したい」って言ったら?
ちゃんと終わらせるためだけに話したいなんて、本当にそんなことってあるんだろうか。本人も気づいてないだけで、どこかでまだやり直す可能性を探してるんじゃないの。
勇気を出して聞いたけど、聞いてよかったけど、聞いたからって安心するものじゃないんだなって思い知った。