潮風の香りに、君を思い出せ。
「昼食べてから行こう。ごちそうするって連れてきといて、結局一回もしてないしな」
車に乗り込むと大地さんが言った。今回は特に私に決断を求めず、海沿いのレストランまで車を走らせる。
入口への外階段を上る背中を眺めながら、ナナさんとどんな話をしたのかなと想像する。さすがに聞いちゃいけないかなと思ってたし、大地さんは車でもその話に触れなかった。
言う気がないのかもしれないし、あとでまた急に持ち出すのかもしれないし。知りたいけど、私が傷つかないようにうまく話してくれたりしなさそう。
ふーっと息を吐いて、素肌に残る香りを嗅いでみた。今、ここにある幸せを感じることができる香り。
そうだよね、もうお別れだと思ってたのに、今一緒にいられてる。そっちの幸せな気分の方に気持ちを向けよう。
階段の上から、大地さんが振り返る。
「七海ちゃん、どうかした?」
「なんでもないです」
慌てて駆け上がって追いついた。
予約してくれたらしいテラス席は、二階から遠くに海が見える。きれいだけど昨日よりは暗い色。場所柄なのか、天気のせいかわからないけど。
海の方を向いて並んで座れる。さっきのカウンセリングみたいに、お互いが直角になる形。
「元気ないな。やっぱり行きたくない?」
注文が終わった後、大地さんに聞かれる。
そうかな。勇気もらったんだけどな。首をかしげて、でも言うことが見当たらない。
「俺、無理させてるかな」
行かなきゃ帰さないって言ったのに、今更ちょっと弱気に聞いてくる。強引になりきれないのがこの人だ。
「無理にじゃないです。私も、行かなきゃずっと気になっちゃうかもしれない」
「行きたくはないけど?」
「勇気がでるブレンド、あかりさんに選んでもらったんです。怖がってて逃げてばっかりだなって思って」
「そうか、怖いんだよなぁ」
大きな手によしよしと頭をなでられる。やっぱりどこか子ども扱いされてるけど、つい頬が緩む。単純だな、私。