潮風の香りに、君を思い出せ。
「もともと海まで来たのも相当強引だったしなぁ。その上無理にうちに泊めて、手まで出して」
「わぁ、そういうとなんかすごい」
別の人のことみたいに聞こえる。自分が手を出したつもりなのかな、あれは明らかに私のせいなのに。
大地さんの気持ちが切り替わったのは、たぶんきっとあのキスの後だ。こういう真面目な人だから、好意というより責任感なんじゃないかと私はまだ半分くらいは思っている。
「だから反省してるんだって。言っとくけど、最初からそういうつもりだったわけじゃないから」
顔を赤くして弁解している。どういうつもりでも別にいいんだけど、今さら私は。
「わかってます。でも、そもそもなんでサボりたかったんですか?」
「え?」
「大地さんが休みたい理由聞いてないです。ちっちゃいなぁって思った時に来るって言ってたから」
「そんなこと言った?」
「言いましたよ?」
自分の言ったこと結構忘れてるんだ、大地さんって。ナナさんと別れたって言ってなかったかとも聞かれたし、人と何を話したかあんまり気にしてないんだろうな。
さっき『好き』とか言ったのも、全然気にしてなさそうに見える。私ばかり振り回されててずるいと思う。
一階の駐車場で車を見つけて、両側に別れて乗り込む。
「あのさ、七海ちゃんて記憶力いいよ、逆に。言われない?」
「うーん、細かいこと変に覚えてるとは言われるかな。そうじゃないと誰だかわからなくなるし」
「ああ、顔がわかんない分、そっちでカバーするってことか」
シートベルトをつけながら、一人で納得しているみたいに頷いている。
「そうかな。たまたまかもしれないし、どうなんでしょう」
「まぁとりあえずバカではないな」
これで話は終わりと言うように、大地さんはエンジンをかけて発車させた。
あ、結局さぼりたかった理由はごまかされた。
まぁいいか。きっと、何か嫌なこともあったし、風も吹いたし、いろいろ不思議なタイミングだったんだ。