潮風の香りに、君を思い出せ。
昨日と同じように、漁港の端の駐車場に車を停めた。今日は船の周りに少し人がいるけれど、私たちが岸を歩いて行っても誰も気にしていない様子だ。

邪魔にならないように、低いコンクリート塀に沿って端っこを急いで歩く。林のほうまで着いてから、何も歩いて行かなくてもよかったかなと思う。林の前の道に入る車道もあった。

「この道って車通れそうですね、意外と」

「せっかくだからさ、自分で歩いて通りたいでしょ」

大地さんはわかってて歩くほうを選んだのか。そうかもね、一度くらい歩いてみたらいいかも。

怖がってると思われたのか入口で手をつながれて、薄暗い林の中の道を歩いて行く。確かにどきどきしていたけれど、思いのほか短くてカーブした先ですぐに向こう側に出た。抵抗してた割にあっけない。



明るくなった道の続きには海沿いの通りをくぐる小さなトンネルがあり、山側の道に続いていく。

あれ? このトンネルも怖いと思ったことがあるんじゃない?

「どうかした?」

「え? ちゃんとしなくても手はつないでいいのかなって」

とっさにふざけてごまかした。

「じゃあやめとく」

大地さんは立ち止まって手を離す。冗談なのかなって思って見たけど、本気みたいだ。

「ちゃんとするって決めたから。キスもしないから」

ぶっきらぼうに宣言された。

「怒ってますか?」

「違うよ、反省してる。俺、そういうの嫌なんだよ。人の彼女に手を出すとか」

やっぱり変に律義な人なんだ。面白いなって思うけど、笑ったらきっと怒られるから我慢しておく。



「信じてないんだろ」

大地さんが悔しそうににらんでくる。私のせい? 自分で勝手に決めたんじゃないの?

「信じてますよ」

これはほんと。信じてほしかったら、自分も信じてみないといけないと思ったから。大地さんの言うことを信じてみる、よく意味がわからないことでも。

大地さんは大げさにハァっとため息をついた。「信じられても困るよなぁ」とぼやいている。
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