潮風の香りに、君を思い出せ。
「私はともかく、大地さんは? ナナさんとは、話し終わったんですか?」
足元の砂利をスニーカーで蹴りながら、今になって聞いてみる。つい小声になる。
「終わったよ。え、気にしてた?」
今気づいたというように聞かれた。気にしてないとでも思った? もう、バカみたい。うじうじしてないで聞けばよかった、さっき。
「気にしてると思わないとか、驚きすぎて怒る気もしません」
わざと小声のまま言って、大地さんを置いて一人でトンネルをくぐった。向こう側が明るく見えるくらいの本当に短いトンネル。でも子どもだったら勇気が必要だったかも。
向こう側に出ても後ろを歩いているらしい大地さんに構わずしばらく行くと、大きな民家の木製の門に【渡辺】と表札が出ていた。
ここだ。門があるけど引き戸は開いていて、中の庭が見える。
「ここだね」
大地さんも横に並んだ。チャイムを鳴らさなきゃと思ったとき、後ろから声をかけられた。
「うちに何か御用かしら?」
「あの、こんにちは。昨日漁港で犬を連れた方に、おばあちゃんのことを教えてもらって、それでどこかなって思って」
六十代かと思われるおばさんに、我ながら要領を得ない説明をしてしまう。大地さんのほうが上手にしゃべれるはずだけど、隣で黙ったままだ。
「ああ、一緒に子どもを探してくれたっていうお姉さん?聞いたわ、橋本さんに。何にもないけど、よかったら上がって行って、お兄さんも」
「すいません、突然。お邪魔します」
大地さんが急に爽やかに挨拶した。おばさんが「どうぞ」と嬉しそうに中に入っていく。ああ、きっとこういう時にイケメンぶりが発揮されるんだ。