潮風の香りに、君を思い出せ。
障子が開いて、おばさんが膝をついてお盆を持って現れた。

「こんなものしかないけど、よかったらどうぞ」

「ありがとうございます」

縁側に腰掛けた私たちの間に差し出されたお盆を見て、大地さんが愛想よく答えている。

「羊羹好きなんですよ。急に押しかけたのにすみません。いただきます」

「おばあちゃんね、五年前に迷子になって雨に降られちゃって風邪ひいてね。それがもとで肺炎だったの」

「ああ、迷子になって亡くなったっていうから、もしかして遭難かと思ってました。風邪をこじらせたんですか」

「そうなの。年も九十近かったしね、大往生なんだけど。お兄さん達が会ったっていうのはいつ頃?」

「いえ、彼女のほうだけなんですけど、十年ちょっと前でまだ小学生だったって」

そこまで言ってから、大地さんが私の様子をうかがう。

「七海ちゃん?どうした?」


二人の会話を遠くに意識しながら、私は思い出していた。

あの海の時と同じくらい鮮明に。

この庭におばあちゃんと犬がいた。嵐の前じゃない、明るい午後だった。怪訝な声で何かを言われた。追い払われたんだ。

そうだ、思い出した。

嵐が過ぎた翌日、おばあちゃんのことが気になってこっそり探しに来た。林を通るのは怖かったけれど、進んだら意外と普通の道に出てそのまま歩いて行った。庭にいるおばあちゃんと犬を見つけて、嬉しくなって入り込んで飛びついた。

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