潮風の香りに、君を思い出せ。

「おばあちゃん、台風大丈夫だったの? ここおばあちゃんのおうちなの? 林の向こうに家があるなんてしらなかったよ」

「ちょっと、どこの子だか知らないけれど、よそのうちに勝手に入ったらだめよ」

最初は知らない子を諭すような言い方だった。

「え、ななみだよ、おばあちゃん」

「知ってる振りとかやめてちょうだい。またそうやって私をからかって」

「男の子だって一緒に探したよ? 忘れちゃったの?」

「そうやってあんまりうるさく言うと、この子がかみつくよ。ほんとにもう図々しいんだから」

だんだんときつくなった声で、最後は本当に犬をけしかけようとされた。犬のほうは特に吠え付いてきたりはしなかった。だって何度も会って、頭をなでたりおやつをあげたりしたことがあったんだから。

そんなやり取りの後、結局は思い出してもらえずに追い出された。




名前を間違えたり、顔を覚えられなかったりすることを、私はそれまでなぜか何とも思っていなかった。子供ならではの勘で、なんとなくそれで生きていっていた。

でもあの日、とぼとぼと帰りながら何が起きたのか考えた。

忘れちゃったんだ、私のこと。全然見たことがない子だと思ったんだ。

ひどい。忘れるなんてひどい。一緒に探してあげたのに。心配したのに。嵐で死んじゃったかと思ったのに。




あれ?

「バカじゃないの、なんでわかんないの。昨日も遊んだじゃん!」そう言って怒っていた友達がいた。

自分がやられて、初めて理解した。

忘れちゃうのは、バカなんだ。すごくいけないことなんだ。




なんだかとても混乱した。傷ついたんだと思う。



混乱したなりに、たぶん、こう結論づけた。

お姉ちゃんもそんな人いなかったって言ってたし、お母さんもそう言ってた。私はバカだから、そんな人に会ったつもりになったけど、ほんとはそんなことなかったのかもしれない。

すぐ忘れちゃうようなバカな人。あんなバカな人はいなくていい、最初からいなかったんだと、そう決めた。


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