潮風の香りに、君を思い出せ。
駐車場について車の助手席を開けると、置いていったバッグの中でちょうど携帯が鳴り出した。
お母さんか、お姉ちゃんか。いつ帰ってくるのって話かな。そういえば今日は連絡してなかった。
ディスプレイを見て、予想外の名前に気づいて凝視する。彼こと慎也くんからの電話だ。なんで? もうずっとなんの連絡もなかったのに、いきなり電話?
携帯を見つめていると、運転席のドアを開けていた大地さんが言った。
「中も暑くなってるから、しばらくエアコンかけとくよ」
電話に出ろということか。もしかして誰からかわかっちゃったかも。
車から少し離れて、腰の高さのコンクリート塀に海に背を向けて寄りかかった。深呼吸しながら通話ボタンを押す。
『七海? 慎也だけど』
慎也くんだ。久しぶりすぎて、どうやって話していたか思い出せない。「うん」とあいまいな声を出す。
『久しぶり。就職内定出たから、報告しようかなと思って』
慎也くんもちょっと気まずそうにボソボソと言う。それでかえって普通の声が出せた。
「そうなんだ。おめでとう。よかったね」
『第一志望じゃないし、まだ続けるけどね。元気?』
「うん、大丈夫。慎也くん、新しい彼女できたでしょ? 友達が手つないで歩いてるの見かけたって」
『いや、あの子は別にそういうわけじゃ』
言われる前に言っちゃったら、慌てたような声で答える。
「そうなの? 私、ヒロさんと手なんかつないでなかったけど」
言いながら、立場が逆転して意地悪になってる自分に気づく。もういいのに、今さら。あの話はずっと前のことだし、私たちはもうしばらく前から連絡も取り合っていない。
「ごめん、うそ。私も他に好きな人ができたから、気にしなくていいよ」
『え……そうか。ヒロじゃないんだよな?』
「違うってば」
苦笑して答えた。しつこいなぁ。でもこの話をするのも久しぶり。ケンカばっかりしてたよね、最後のほう。