潮風の香りに、君を思い出せ。

「でも、もうこのまま連絡くれないと思ってた。内定出たって教えてくれてありがとう」

できるだけ明るい声を出す。これは本音。嫌味に聞こえないといい。慎也くんは答えにくいのか、ちょっと間が出来た。

「あのね、まだ就活続けるんだよね? もしスーツ着てる時にどこかで会ったら、最初に慎也だよって言ってもらえるかな。 知らない格好で急に会ったら、もしかしたらわからないかもしれないの、ごめんね」

話しにくくなる前に言っちゃおうと思った。慎也くんも就職活動をしていたけれど、スーツでいる時に会ったことはほとんどなかった。

ああでも、この人にはこんなこと言ってもしかたないんだ。アサミさんのことがわからなかったと話したとき、聞いてもいないようだった。

『……俺でもわかんない?』

少し間を空けてから慎也くんが聞いた。前みたいに、『そんなわけないだろ』って笑うかと思ったのに。

「うん、誰でも。ごめん」

ひどいよね、ケンカばかりしてたとは言え、ほとんど毎日会ってたこともあるのに。

こんなことを今更言って、嫌な思いをさせてるのはわかってる。

『……言わないでおこうかとも思ったんだけど。俺、四月に駅で七海に会ってる』

慎也くんが切り出す。会ってる? やっぱり気づかなかったのか、私。

『すました顔で通り過ぎてったんだよ。ケンカしたままだったし、無視されたんだと思って俺もムカついて連絡しなかった……まぁ、もういいかなと思ってさ』

ああ、連絡がまったく来なくなったのはそのせいなんだ。

「ごめんね、でも声をかけてくれてたらきっと」

『でもなんかおかしいなと思って。こないだ面接の帰りに待ち伏せて、わざとぶつかってみたんだよ。大丈夫ですかって話しかけてみたら、ちらっと顔見たけど、すいませんって普通に謝られてそのまま行っちゃって。
……本当なんだな、わかんないって』

最後は、彼らしくない深刻な声だった。

「うん、ごめんねバカで。あの、人を待たせてるからもう切るね」

一方的に慌てて切った。その勢いで電源も切る。

今、なんて? 話しかけられてもわからなかった? 本当に?

すれ違ってもわかんないかもなんてレベルじゃなかった。

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