潮風の香りに、君を思い出せ。


うっかりアサミさんのことを思い出したら、気持ちが暗くなった。あの夜、スーツ姿で私をにらんでた先輩。そうだった、前から私のことを気に入らなかったんだ。

まあいい。今日はアサミさんのことは忘れておこう。




とにかく成り行きで、重たい教科書を抱えた私と、スーツ姿のこの人とで海を目指している。

あまり知らない人だけど、誰だかさえわかっちゃえば後は気楽にいける。何か共通の話題を見つければいい。

「いつもこの電車ですか?」

「最近ね。会社の寮に住んでてさ、どうしてもあのラッシュに巻き込まれる。よく座れてたね」

「始発駅まで戻って並んでるんです」

「すごいな、元気あるね。俺は1分でも長く寝たいよ」

まだ眠たそうに大地さんは言う。大丈夫かなぁ、仕事できてるの? さっきの電話はハキハキしてたのに不思議な気がする。


「今日は暑くなりそうだなぁ」

そういうと大地さんは上着を脱いで、腕まくりをした。あれ、意外と筋肉質。スーツだけど力仕事したりするのかもしれない。

「大地さんて、お仕事何してるんですか」

そう言えば基本的なことも知らないことに気づく。

「電機メーカーの営業」

「あ、やっぱり。さっき、カフェでサボったりする営業マンがナンパしてきたのかなぁって思いました」

あの声のかけ方はどうかと思って失礼を承知で言ってみると、自覚はあるんだろう、楽しそうに乗ってきてくれる。

「俺サボってそう?」

「サボってるじゃないですか」

「そうだなぁ」

またのんびりと嬉しそうに笑う。変な人。


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