潮風の香りに、君を思い出せ。

「……わかんないかもしれないけど、話して」

言われても首を振る。

「話しかけられても誰だかわからなかった?」

下を向いたまま、かすかに頷いた。

「バカだから? バカだから忘れちゃった?」

わざと言われてるのがわかったのに。悔しくて、とにかく悔しくて、ぎゅっと目をつぶったら涙がこぼれた。もうどうでもよくなって、涙目のまま顔を上げる。

「そう、バカだから!バカだから忘れちゃうんでしょ!あの人と同じなんだから!
何度も前に会ってるし、一緒に男の子を探してあげたのに忘れちゃってた。バカだから忘れちゃってた。仲良くなったと思ってたのに、また知らない人みたいに」

忘れたらダメ。忘れるなんてバカだ。

「バカみたい。あんな人、いなければいい。お姉ちゃんだって、お母さんだっていないって言ってた。だったら最初からいなければよかった。あんなバカな人、だいっきらい!」

涙声の早口で、誰に何を言ってるのかわからないと自分でも思った。いつのまにかおばあちゃんのことを言っていた。

叫ぶように言い終わっても、もうなんにも言うことなんかなくても、もう全部が嫌だった。誰も彼も、もちろん自分も。



そのまままた塀にもたれてぼろぼろ泣き続ける私を、大地さんは子供をなだめるように、私の後ろに回した手で肩を叩いていた。

なんで泣いているのかわからないまま、気が収まらなくて「だいっきらい」とまた叫んで、大地さんの腕に寄りかかったまましゃくりあげた。

コンクリートに打ち付ける波の音がずっと聞こえていて、右肩を叩く指のリズムもずっと続いていた。それに気づいたら、泣きじゃくっていた息が落ち着いてきた。
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