潮風の香りに、君を思い出せ。
涙がようやく止まった頃、肩を叩く手も止まった。
「でもさぁ、俺は好きだよ」
肩を抱く強い腕とはうらはらな、大地さんののんびりした声がする。
「何度か会って覚えてくれたかと思って、一緒に色々探して回って、それでもきっと次に会っても俺のことが誰だかわかんない女の子のこと、俺は好きだよ。会えてよかったし、また会いたい」
私のこと? 何度会っても、仲良くなっても、忘れちゃうのは私?
混乱して大地さんの顔を見上げる。
そうだ、忘れちゃうのは私。バカなのは私。ダメなのは私。大っ嫌いなのは、自分。
「でも、忘れたらダメなのに。そんなのバカだし、だったらいないほうがいいのに」
震える声で言いながら、自分が本気でそう思ってることに気づいて呆然とする。
「……そんなに忘れるくらいバカなら、私なんかいないほうがいいのに」
もう一度、小声でつぶやいて、その言葉に震えが来た。
そんなこと言ったことないけど、そう思ってる。どこか深いところで、そう思ってた。
大地さんを見上げながら、視界が歪んで、もう枯れたかと思った涙がまたこぼれた。自分も苦しそうに目を細めた大地さんが、頬に手を当てて親指で涙を拭ってくれる。
「大丈夫だよ」
私を安心させるように、正面から目を見てゆっくりと言った。
「忘れてもわかんなくてもいいよ。俺が思い出させるよ。匂いが必要なんだったらいつも同じのつけてる。大丈夫だよ、顔ぐらいわかんなくてもいいよ」
いいの? 忘れてもわからなくてもいいの?
「大丈夫。思い出せる。顔がわかんないだけだって」
柔らかく抱き寄せられて、うつむいて胸にしがみついた。潮風の匂いがした。
「いないほうがいいわけないだろ、バカだなぁ」
ほら、やっぱりバカなんじゃないか。でも、いいのか。バカでもいい?
なんだかもう、よくわからない。
うなだれる私の頭を、大地さんが空いた片手でぐしゃぐしゃにしていた。
青空を飛ぶカモメの声が聞こえた。私たちの足元に濃い影ができていた。