潮風の香りに、君を思い出せ。

漁港のはずれにあった水道で顔を洗って、手鏡を見てみる。思ったほどひどい泣き顔になっていなかった。これなら電車で帰れそう。

そう言うと「なに言ってんの。車で送るよ」と驚かれた。

「いろんなことがあって、もうなんだか一人になりたいです」

「俺がいるのが嫌だったら、後ろに乗ってけば」

「電車で一人になりたいです」

頑固に言い続けると、「そうか。そうだな」と大地さんは嫌そうな顔で、でも結局聞いてくれた。

頑固でバカでごめんなさい。でももう受け止めきれない。昨日からの出来事も、大地さんの優しさも。

「一人で帰れる?」

確認される。電車で一本だから、もちろん帰れる。



ほとんど話さずに車で駅を目指す。

なんだか疲れた。もう泣きたい気持ちはないけど、涙と一緒に全部流れ出して空っぽな感じ。誰もかれもが嫌いだと言った怒りも、心のどこかに抱えていた苦しさも消えていく代わりに、元気も勇気も全部海に流されて行っちゃったのかもしれない。

もう家に帰りたいと初めて強く思った。
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