潮風の香りに、君を思い出せ。
「そっか。寝ててもわかったんだ?」
「なんで乗ってるんですか?」
「一人で帰りたいって言うからさ、こっそり見守るだけにしようかと思って」
「駅についたら声かけるつもりで?」
「いや、そのまま戻ろうかなと。一人になりたいって言ってたし」
驚いて顔をじっと見る。どこまで優しいの。
「わかったよ、悪かったよ。どうせストーカーだよ」
何を勘違いしたのか、ふてくされたように大地さんが言い捨てた。
「どうせって?」
「ああ、あかりに言われた」
あかりさん? 首をかしげたら、諦めたのか事情を話してくれた。
「四月に異動があってあの時間に乗るようになって、よく七海ちゃんが乗ってるの気づいてたんだよ。俺が声かけてもわかんなそうだけど、いつも暗い顔してたし合宿で変な話も聞いたから、何とかできないかと思って。金曜はいるなと思って昨日声かけようとしてた。降りてから話しかけるつもりだったけど」
「海の話は?」
「あれは口実。海風っぽいのが吹いたあと座り込んだの見て思いついただけ。だから、七海ちゃんが急に港のこと言い出した時は驚いた。色々思い出したみたいだし、不思議だよなぁ」
なんでサボったのって思ってはいたけど、前から気づかれていたなんて予想外だった。それでストーカーか。
「ちっちゃいなぁって思う話は?」
「だから、俺にできることはなくても、落ち込んでたら海なら元気出るかと思ったんだよ」
言いたくなさそうにボソボソと答える。
「言っとくけど」
「そんなつもりじゃなかった、ですよね」
気づいて先に言ってみたら、嫌そうに顔を背けた。でも隠していたことを言ったらすっきりしたのか、身体ごと向き直って聞いてきた。
「寝てただろ? ちょっと元気になった?」
相変わらず近すぎる距離感で、にこやかに頭をなでられる。電車の中だし恥ずかしいから、目をそらして答えた。
「大地さんだって寝てた」
「俺はついさっき。また泣くんじゃないかと思って、ドアのところに立って見てた。気づかなかっただろ」
また偉そうだ。私が起こさなかったら、このままもう少し寝て行っちゃったんじゃないのと思ったけど言わない。
来てくれて嬉しかった。終わっちゃった気がしていたから、何もかも。涙と一緒に全部海に流されていった気がしていた。たくさんもらった励ましも、笑い声も、キスも。全部が夢だったみたいに。
でも、またここに大地さんがいる。海じゃなくても、私の隣に。