潮風の香りに、君を思い出せ。
あ、でも思い出した。数歩登ったところからまた駆け下りて言う。
「私、大地さんの連絡先って聞いてないです」
色々恥ずかしくてうつむいた頭の上から声がする。
「ああ、やっと聞く気になった? 俺、携帯忘れてきたかな、ロッカーに。大丈夫、思い出せるよ」
せっかく戻ってきたのに教える気がなさそうな、でも嬉しそうな声。思い出せる? 聞いてないのに? 何言ってるの?
「電車来たから。またね」
慌てて顔を上げた私の頭を撫でると軽く手を挙げて、大地さんは結局先に行ってしまう。
なんの話? 思い出したりしないよ、元々知らないから!
一瞬躊躇して、でも追いかけようと思ったら、背後から低い声で呼ばれた。
「ナナミ」
びくっとして振り向いたら、見慣れた姿のお姉ちゃんだ。
「なに、怖い声」
「今の誰?」
「だから、先輩」
「男だとか聞いてない。やけに親しげだったけど、なに」
「話せば長くなるんだけど」
「七海、お姉ちゃんに言えないようなまねを……」
わざとやってるのがわかった。冷ややかに見つめたら、お姉ちゃんが笑った。
「時間ならあるでしょう。歩きながら聞こうか」
普通の声に戻ったお姉ちゃんが、うきうきした様子で私を押して目の前の階段を登り始めた。