潮風の香りに、君を思い出せ。

改札を出て駅前の道に出たとたん、待ちきれないように質問される。

「とりあえず、あのイケメンさんは誰。大学生じゃないでしょあれ。本当に先輩なの?っていうか男の人のうちに泊まったの?」

「大地さん。四つ年上の先輩」

それじゃ足りないというように、無言で続きを促される。

「かっこいいけど覚えられないOBで、アサミさんにわざとって言われた人」

「ああ、そんな話あったね。よく知ってる人のうちって言わなかった?」

「顔は覚えられなくてもよく知ってるの。それでね、実家が海のそばで、小湊にも車で連れてってもらったの。子泣きババアのおばあちゃんにお線香上げてきたの。あのひと、いい人だったよ。ぼけてたけど」

お姉ちゃんはそれにはあんまり興味がなさそうに横目で見てくる。でも負けずに続ける。

「あのね、お姉ちゃん。私、あのおばあちゃんのこといないって言われたの、ショックだったみたい。私と同じで覚えていられない人だったから、私もバカだからいないほうがいいって言われたみたいだった」

「何言ってんの?」

いかにもバカにしたようにお姉ちゃんが聞く。いつものことなので、この程度は気にもならない。

「私、いないほうがいいってこと、ないよね?」

さっきは泣きながら口にしたことだったのに、なぜだかもう、そんなはずないなという気分で聞けた。

「当たり前でしょ。そんなこと考えてたの? ハタチにもなって?」

「でも忘れてたんだよね、やっぱり」

「バカだねぇほんと。勉強はできるのにねぇ、なんでだろうね」

ため息をつかれてしまう。そうやって言うから、私が卑屈になるんだよ!



「あのね、大地さんもみんなにバカだバカだって言われてるの。でも、俺は俺だからこれでいいんだって。私もバカだけどこれでいいのかな」

「ふーん。で、つきあうの?」

質問したのに返ってこない。お姉ちゃんは自分の興味のあることしか聞いてないところがある。

「なんでそればっかり」

「は? 実家連れてって一晩泊めて、夕方になって送ってきて、それで何もないとかそんなことありえないでしょ」

隣を歩きながら、怒ったように私をにらむ。

「そうかな」

そういうつもりじゃなかったらしいし、責任感と保護者気分も混ざった好意みたいなの。連絡先もなぜかはぐらかされたの。話すと長いから言いにくいけど。
< 140 / 155 >

この作品をシェア

pagetop