潮風の香りに、君を思い出せ。

家に帰ると、土曜日だからお父さんも帰ってきていた。随分久しぶりにうちに帰ってきたような気がしてほっとする。

夕飯でみんなが揃ったところで、いろいろ聞かれる前に自分から話すことにした。小湊の港に行って忘れっぽいおばあちゃんのことを思い出したことや、私が人を覚えられないのはもしかしたら相貌失認症という症状かもしれないことを話した。

遺伝するらしいと言ったら「ほら言ったじゃん、お母さんもそんな感じって」と隣からお姉ちゃんが口を挟んでくる。

「お母さんはなんで私には話してくれなかったの?」

お母さんが人見知りなのはわかってたけど、覚えられないからだって私には言わなかった。お母さんも同じだって思えたら、私だってこんなに気にしないでいられたかもしれないと恨みがましく思う。今更いいんだけど、でもやっぱり気になる。

「え? 七海だってお母さんに言わないでお姉ちゃんにばっかりなんでも言うでしょう。昨日だって、泊まるっていう相談ぐらいお母さんにしてくれたらいいのに」

その話とこの話は違う気がするけれど、お姉ちゃんに話しやすいっていうのは本当か。

「だって、私の言うことじゃ信じないかと思って」

あ、また言っちゃった。どうせ信じてもらえないって言うのやめようと思ったのに、くせになってるから難しい。でも何か話すと、お姉ちゃんにも聞いてみなさいとか、お母さんはよく言ってくる。

「もう二十才なんだし七海がやることにいちいちうるさく言ったりしないのに。信じてないのはあなたの方でしょう。お母さんじゃバカだと思って」

お母さんはなぜだか怒り出した。え?なにそれ? 私がお母さんをバカだと思ってるってこと? 逆でしょ?
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